建築物に関して 1980年〜2014年8月


※一万円以下切捨て
※区別のために、秋篠宮家の建物に適当に名称をつけています(正式名称ではありません)
西暦 皇太子(徳仁親王) 西暦
昭和天皇・宮内庁・他
今上陛下(明仁親王)
秋篠宮家
西暦
他宮家
学習院・お茶の水大学関係
西暦
その他
江頭・小和田邸
 (目黒区南1-14-14)
小和田家、その他
東宮御所
赤坂東邸(東宮仮御所)
【赤坂東邸】
皇族の独立時などの仮住まい、レセプションなどに使用するため
  御文庫(昭和天皇住居)
吹上御所(現吹上大宮御所)(昭和天皇住居)
明治宮殿 昭和新宮殿
宮内庁病院 各御用邸 ★その他
□常盤松御用邸(東宮仮御所)
東宮御所(赤坂御所)
吹上新御所
仮寓所(居住→事務部分)
旧秩父宮邸(接遇部分)
附属邸(居宅用)
常陸宮家
ェ仁親王家
高円寺家
□その他宮家
三笠宮家
桂宮家(千代田区三番町)
宮内庁長官公邸
☆改修・改築について 
幼稚園 初等科 
女子中等科 女子高等科 
■その他 ☆改修・改築について 
備考
※参考:東宮御所改修費(1935年建築)
1960年竣工
1978年増築

1994年
1997年
2001年
2009年
2億
2億

3億
5億

10億
2300万円
2000万円

800万円
8000万円
3000万円
改修費計: 21億 3800万円
総計: 23億 6100万円
※参考:赤坂東邸改修費(1984年建築)
1984年竣工
1989年増築_
1993年
2億
1億
6000万円
3500万円
4200万円
−α
改修費計: 1億 7700万円 −α
総計: 4億 3700万円 −α
 α:記録映画・外国への答礼電報費

※1989年 皇太子独立のため改修
※1993年 結婚のため雅子さんの希望を入れ一部リフォーム
備考 1888年 明治宮殿落成
1926年(T15)7月 那須御用邸(本邸)建造(木造3階建て、延床面積2840u)
★1928年(S3) 昭和天皇と香淳皇后が赤坂離宮から皇居内に引越を行うのに伴い、広芝にあった馬場と温室を移転し、跡地に小さなゴルフ場を建設
1935年(S10)7月那須御用邸(付属邸)建造(木造平屋、一部2階建て、延床面積1502u)
★1937年(S12) 昭和天皇がゴルフを止めることを宣言
※1941年12月 太平洋戦争勃発
1942年 御文庫完成
1945年5月 空襲で明治宮殿が焼失
※1945年8月 終戦
※1961年3月7日の朝日新聞に「皇居に表宮殿」の記事(宮内庁庁舎3Fの1000坪を改築して表宮殿にする計画。調度は京都御所から取りよせるなどなるべく節減する方針)
1961年 吹上御所完成(現吹上大宮御所)
1968年 昭和新宮殿完成
★1969年(S44)8月 御料牧場移転(千葉県成田市→栃木県塩谷郡)
1971年11月5日 須崎御用邸完工式(土地購入費約6億7千万。工事費約9億円)
1971年1月27日 葉山御用邸全焼
□1950年(S25) 常盤松御用邸(東宮仮御所)に入居
1959年(S34)1月 東宮御所着工
□1959年4月10日 皇太子(明仁親王)殿下・正田美智子さんご成婚(美智子さま、常盤松御用邸(東宮仮御所)に入居)
□1960年2月23日 浩宮誕生
1960年4月 東宮御所竣工
□1960年6月18日 皇太子(明仁親王殿下)夫妻、常盤松御用邸(東宮仮御所)から東宮御所に引越
□1965年11月30日 礼宮さま誕生
□1969年4月18日 紀宮さま誕生
1978年9月 東宮御所増築完成(1977年7月着工)(お子様方の成長に伴い私室棟の東側に平屋建て一部二階建てを増築。総工費2億2000万(美智子さまと雅子さまの新皇室づくりP191))    
【宮殿・御所のおおまかな歴史】

1888年 明治宮殿落成(天皇の住居である奥宮殿が接続してひとつの建物を構成)
★1930年 大宮御所建造(貞明皇后)
1942年 御文庫完成(昭和天皇の居住&避難用)
1945年 空襲で明治宮殿が焼失
★1945年 東京大空襲によって大宮御所焼失
★1946年 大宮御所再建(貞明皇后用)
★1951年 貞明皇后崩御(大宮御所廃止)→1960年に大宮御所跡地に東宮御所建造
※1960年1月 皇居造営の閣議決定(昭和新宮殿・吹上御所・東御苑)
1960年 東宮御所竣工(明仁親王殿下用)
1961年 吹上御所完成(現吹上大宮御所)(昭和天皇用)
1968年 昭和新宮殿完成
※1974年4月23日 迎賓館落成式(迎賓館本館と和風別館。総工費104億円(人間 昭和天皇(第10章)))
※1989年 昭和天皇崩御
1993年 吹上新御所落成(今上陛下用)
備考 時期不明(1963年(S38年度)まで?) 義宮さま(常陸宮)、「義宮御殿」使用(皇居内にある小さな建物。皇居造営のためS38年度中に撤壊される予定)(第31回国会・第040回国会 予算委員会第一分科会)
1963年(S38年度)〜1976年までの常陸宮さまの住居不明(1964年のご成婚時の新居は常盤松御用邸(朝日新聞の紙面にみる昭和天皇87年の生涯P198))
第40回国会 予算委員会第一分科会で瓜生順良氏が「常磐松のあの建物は、これは相当古い建物でありまして、で、なお義宮さんがお住みになるには少し広過ぎるのじゃないか」と発言
1964年(S39)9月30日 常陸宮さま・津軽華子さんご成婚
1970年11月 三笠宮家が現三笠宮邸を使用開始
1976年12月 常陸宮家が現在の常陸宮邸(常盤松御用邸)を使用開始(建替え?)
1980年11月7日 ェ仁親王、麻生信子さんとご結婚(千代田区三番町の分室に仮住まい)
1981年12月20日 彬子女王ご誕生
備考
1981
S56
以前
    1981
S56
以前
11月6日 葉山御用邸落成(総工費約10億) 1981
S56
以前
★1978年 学習院創立百周年記念会館竣工 1981
S56
以前
1982
S57
      1982
S57
★3月27日 桂離宮修復完成 1982
S57
12月 ェ仁親王家、ェ仁親王邸を使用開始   1982
S57
1983
S58
      1983
S58
1983
S58
10月14日 容子内親王、千政之氏とご結婚
10月25日 瑶子女王ご誕生
  1983
S58
1984
S59
    3月 赤坂東邸竣工(皇室ウィークリー36)(総工費2億6000万(雅子妃の新しい皇室づくりP162))
□12月6日? 高円宮家、宮邸建築のため赤坂東邸使用
1984
S59
1984
S59
12月6日 憲仁親王、鳥取久子さんとご結婚→高円宮家創設(赤坂東邸に仮住まい)   1985
S60
1985
S60
    1985
S60
1985
S60
皇族の独立時などの仮住まい、レセプションなどに使用するため赤坂東邸建設。それまでは、千代田区三番町の宮内庁の分室を仮寓所として使用。目の前に八階建てのビルが出来たため使用が困難になった。   1985
S60
1986
S61
8月 江頭・小和田邸(二世帯住宅)完成
土地:449.28u(135.9坪)所有者・江頭豊 月 建物:1階の床面積122.36u 所有者・小和田恒
 

□12月頃? 高円宮家、宮邸に引越し
1986
S61
1986
S61
10月 高円宮邸竣工   1986
S61
1987
S62
1987年 江頭・小和田邸(土地)、根抵当権設定(債権者 日本興業銀行、債務者・江頭豊、極度額2000万)→1997年に抹消      1987
S62
1987
S62
□2月3日 高松宮さま薨去    1987
S62
1988
S63
      1988
S63
1988
S63
1月1日 桂宮さまご独立
1月 千代田区三番町(宮内庁分室)の二つある建物の一つを桂宮さまが仮寓所として使用開始
  1988
S63
1989
H1
・1989年1月7日 浩宮が立太子 1989
H1 
・1989年1月7日 昭和天皇崩御/明仁親王ご即位(1月8日 平成元年に改元) 1989
H1
1989
H1
・浩宮の独立のためカトラリー、食器などを新調(殿下の料理番P90) 赤坂東邸を1億3500万円で改修(雅子妃の新しい皇室づくりP162)、鉄筋プレハブ2階建ての付属邸を建築(職員約40人を配置)(朝日新聞縮刷版1990年2月P484) ・京都大宮御所へダイニングチェアを「竃k谷」が納入 ※一時的に東宮御所を赤坂御所に名称変更      
1990
H2
 
1月29日 付属棟の落成式(水上神社)、棟内見学(卜部侍従日記4巻P289)
※2月9日 マスコミに皇太子の新居として公開

□2月28日 独立のため、皇太子が赤坂東邸に引越し(殿下の料理番P88)
※一時的に赤坂東邸を東宮仮御所に名称変更
1990
H2
  □2月28日 独立のため、皇太子が赤坂東邸(東宮仮御所)に引越し

□6月29日 礼宮さま・川島紀子さん、ご成婚(仮寓所に引越し)



□6月29日 礼宮さま・川島紀子さん、ご成婚
仮寓所に入居(昭和6年建築・木造モルタル平屋建て105平方メートル(3LDK+S)
・約2700万円かけ改修工事。このほか庭園工事なども含めると、新居整備費は全部で約8000万円(1990年6月17日 読売新聞)
・L字のシステムキッチン(朝日新聞縮刷版1990年6月?P1409)
・母方の祖父母から結婚祝いにピアノ(朝日新聞縮刷版19902年6月P1409)
1990     1990
1991
H3
      1991
H3
  1991年10月22日 吹上新御所起工式 眞子さまご誕生の際、増築(1階倉庫・2階育児室10畳・看護婦控え室6畳)(工事費不明)
□10月23日 眞子内親王ご誕生
1991 1991年 高円宮邸増築   1991
1992
H4
      1992
H4
      1992 8月16日 週刊文春2012/12/13(プリンセス物語)によると千代田区三番町の長官公邸で皇太子と小和田雅子さんが再会   1992
1993
H5
・4月、お嫁入り道具として小和田家が「竃k谷」からドレッサー、姿見、リビングボード、宝石箱×2ヶを購入







12月?(両陛下・紀宮さまご移転後) 東宮御所改築スタート(殿下の料理番P157)
・3億800万円
・日本庭園建設(日本庭園に北海道から取り寄せたハマナスを5本植樹(週刊現代1994/7/30)
・内装等
赤坂東邸を結婚までに一部改修するほか雅子さんのご希望をいれ全面的にリフォーム(雅子妃の新しい皇室づくりP163)(赤坂東邸整備費・記録映画*1・外国への答礼電報費4200万円(朝日新聞縮刷版1993年4月P868))
【*1参考】
平成22年1月29日
皇室紹介ビデオ「御即位20年記念映像」の制作業務(株式会社毎日映画社)
契約金額3,885,000
競争入札に係る情報の公表(物品役務等)

※6月3日 赤坂東邸に嫁入り道具搬入
□6月9日 皇太子徳仁・小和田雅子さん結婚(雅子さま赤坂東邸に入居)
1993
H5
★潔斎所に冷暖房設置(美智子さまの貴賓席の装いP68)






1993年12月9日 吹上御所を吹上大宮御所に改称
5月18日 吹上新御所落成(建築費用:約56億円(家具や調度品も含め))




□12月8日午前 両陛下・紀宮さま、赤坂御所(東宮御所)から吹上新御所へご移転。その後、8日午後から12日まで葉山静養。その間に荷物の引越し(朝日新聞縮刷版1993年12月P138、P367)
・10月頃? (皇后陛下が紀子さまの出産に際し、)皇太子、秋篠宮さま、紀宮さまが使ったベビーベッド、秋篠宮さまのベビー箪笥を倉庫から出して手入れし、プレゼントされるという(1991年10月20日 読売新聞) 1993 1月6日 藤森宮内庁長官に読売新聞が取材(当時の宮内庁長官公邸は千代田区紀尾井町にあった模様)(6月のプリンセス 読売新聞社社会部)
突然の協定解除は、長官公邸に帰宅していた藤森昭一宮内庁長官には、八時三十五分、編集委員会の箱島代表幹事から電話で通告された。(略)津村が千代田区紀尾井町にある長官公邸のインターホンを押したのは、その電話の直前だった。(略)玄関ドアを半開きにした藤森長官は、グリーンのセーター姿だった。「八時四十五分に協定解除と決まったようですが」 「まだ聞いていない」(6月のプリンセス 読売新聞社社会部 )
  1993
1994
H6
 



7月 東宮御所改修工事終了
□7月6日 東宮御所設置
・8月、ダイニングセット(12人掛け)とリビングセット(12人掛け)を「竃k谷」が納入(おそらく計3700万円)



□7月6日 東宮御所に引越
1994
H6
10月 栃木県議会が那須御用邸視察。(老朽化のため?)宮内庁に改築を要請(天皇家の財布P59)   佳子さまご誕生の際、増築(洋間養育室8畳・看護婦控え室6畳(約36u)、総費用約2300万円)
□12月29佳子内親王ご誕生
1994     1994
1995
H7
  ・時期不明 浜名梱包輸送鰍ェ東宮御所にグランドピアノ搬入セッティング(雅子様ご使用)   1995
H7
      1995 □8月2日 勢津子さま薨去   1995
1996
H8
      1996
H8
      1996   4月 眞子さま幼稚園入園 1996
1997
H9
1997年 江頭・小和田邸(土地)、根抵当抹消登記 1997年 東宮御所改修工事
(5億8000万円/バリアフリー化、公室棟改修(耐震補強工事・車椅子用リフト設置等))
□6月17〜21 東宮夫妻が御料牧場静養中に赤坂東邸に引越し
※一時的に赤坂東邸を東宮仮御所に名称変更
1997
H9
宮殿の地下にワインセラー建造。約2500万円(白11銘柄、赤7銘柄で約4500本が保管(「天皇家の財布」森暢平P37)   3月1日 旧秩父宮邸を秋篠宮家の公務棟として使用(それまで公務上の客は皇族共殿邸(赤坂東邸?)で迎えるなどしてきた。1998年には秩父宮邸を増築して公私一本化する予定(朝日新聞縮刷版1997年3月P38))
http://unkotamezo.exblog.jp/4506292/
1997   1997年 初等科、新しい体育館とプールが完成 1997
1998
H10
  □東山魁夷作「日月四季図」の修復(岡村多聞堂)

3月19日 耐震工事が終わり、東宮御所を報道陣に公開
・インテリアが変わって室内が明るくなった感じがした。壁紙や飾ってある絵なんかも随分明るくなった(音楽の聞こえる小さな家P19)


※3月30〜31日 皇太子夫妻、葉山静養(おそらくこのときに引越し作業)
□4月1日 東宮御所に皇太子夫妻が戻る
1998
H10
    1998年 旧秩父宮邸の増築(附属邸)スタート(2000年完成) 1998 3月 宮内庁長官公邸建築(宮内庁分室の一部については、宮内庁所管の省庁別宿舎の跡地に平成10年3月に長官公邸・侍従長公邸として建築 ) 1998年 幼稚園、園舎解体。新宿区下落合の仮園舎にて保育開始
4月 眞子さま初等科入学
1998
1999
H11
1999年 小和田元大使の在任当時に購入を決定した、国連大使公邸を約24億円で購入、約11億円かけて改修     1999
H11
秋ごろ? 宮内庁病院の皇族用特別室の壁紙やカーテンなどの内装がリフォームされる(週刊文春2013年5月16日号 プリンセス物語)     1999   1999年 幼稚園、新園舎落成
4月 佳子さま、幼稚園入園
1999
2000
H12
2000年 江頭・小和田邸(土地)、根抵当権仮登記(債権者・日本興業銀行、債務者・江頭豊(当時92歳)、極度額・4000万、共同担保無し)     2000
H12
□6月16日 香淳皇后崩御
□7月25日 香淳皇太后斂葬の儀
  3月 秋篠宮家、附属邸に引越(鉄筋コンクリート二階建て、計8室、延べ床面積約470u、旧秩父宮邸の隣に増築)
(秋篠宮邸(旧秩父宮邸)に私室部分と接遇部分。事務部分は仮寓所使用(らしい))
2000年 太陽光発電用装置を設置(週刊新潮2011/04/07)(旧秩父宮邸のほう?)
2000
H12
2000年 高円宮邸増築   2000
H12
2001
H13
2001年 小和田氏、軽井沢に別荘購入 8月 東宮御所改築
・3000万円近くかけて子供部屋関係改修(紀宮さまのお部屋をコルク床に。壁にはリノリウム使用。部屋を仕切って看護婦控え室も)
・耐熱性のあるコルクタイルが敷かれ、天井と壁がクリーム色に塗り替えられた。空調施設も取り替えられ、看護婦が待機できる部屋も隣に併設された(敬宮愛子さまご誕生P102)


□12月1日 愛子さま誕生
  2001
H13
雅子さま出産にあたり宮内庁病院は堤東宮御用掛の指示で分娩室に「LDR」のシステム。「3D(三次元)超音波診断装置」を設置した
11月「宮内庁病院・分娩室他改装工事」として佐藤工業東京支店に493万5000円支払い(皇族用分娩室と沐浴室の壁紙張替え、レースのカーテン、ソファ、絨毯などインテリアも居間風にか大幅改造)(天皇家の財布P27)
9月からは入院先となる宮内庁病院2階の皇室専用(御料病室)の御静養室・御分娩室について、竣工した昭和39年以来初めて、天井と壁を塗り替えるなど約500万円をかけて改装工事が実施された。(毎日新聞)
    2001   4月 佳子さま、初等科入学 2001
2002
H14
      2002
H14
      2002 11月21日 高円宮さま薨去
2002年 宮内庁長官公邸廃止→分庁舎及び有料宿舎へ転用
  2002
2003
H15
□12月3日 雅子さま帯状疱疹発症(静養スタート)   2003
H15
      2003     2003
2004
H16
2004年 小和田氏オランダにマンション購入
□11月19日 江頭寿々子氏死去
 
□7月頃? 寛仁親王家、宮邸改修工事のため赤坂東邸使用
2004
H16
      2004 2004年 寛仁親王邸(築約21年)、増改築(2005年3月終了予定。約4億円)
□12月18日 喜久子さま薨去
2004年 三笠宮邸、エレベーター設置(皇室ウィークリー109)
4月 眞子さま、女子中等科入学 2004
2005
H17
 


□3月頃? 寛仁親王家、改修工事終了
2005
H17
★1月29日 「奉遷の儀」(宮中三殿耐震工事スタート)およそ20億円

★2005年11月5日〜2006年3月 24日 赤坂御用地テニスハウス改修工事3045円
□2005年11月15日 黒田慶樹氏・紀宮さまご結婚→新居へ引越し   2005   2005
2006
H18
□9月24日 江頭豊氏死去
2006年 江頭・小和田邸(土地)、所有権移転(江頭豊氏→優美子氏)原因:相続
  2006
H18
    悠仁さま誕生の際、2階を改修(約8畳)(数千万円(関係者談))

□9月6日 悠仁親王ご誕生
2006 2006年 初等科、新校舎(西館)完成。人工芝グラウンド完成。校庭のウレタン張り替え
■3月28日 学習院院長・田島義博氏、在任中に死去
2006年 中島平三氏、初等科長就任
2006年 初等科、1学年4クラス(少人数・33人クラス制)一部開始
4月11日 愛子さま、幼稚園入園
■6月1日 波多野敬雄氏(元国連大使)、学習院院長就任
10月21日 初等科の校庭へ屋外用防護マット「ラテリア」設置
2006
2007
H19
    2007
H19
6月19日 宮内庁と環境省は、那須御用邸の用地の約半分(約570万u)の山林などを、自然公園として開放すると発表。「国民が自然と直接ふれあえる場に」との陛下の意向を受け、2007年度中に環境省に移管。一部は2011年度に開園 2007 2007年 初等科、少人数クラス制完全実施
4月6日 眞子様・女子高等科、佳子さま・女子中等科、入学
★2007年 学習院教職員用「学習院共同住宅」、老朽化のため取り壊し(跡地は新校舎敷地等に当てられる予定)
2007
2008
H20






□10月30日 ヤフオク祭
8月 東宮御所改修工事スタート
・約10億(老朽化した水道やガスなどの配管を交換、内装張り替え等)
□8月 皇太子一家、赤坂東邸に引越し



2008
H20
3月25日 宮中三殿、耐震改修工事ほぼ終了
※4月2日より、港区内の災害時の避難場所について迎賓館と赤坂ご用地の一部が指定を削除される(その後復活した模様)
7月末 那須御用邸、供奉員宿舎リフォーム(週刊文春2011/09/01)多分↓のことらしい
*平成20年7月30日 那須御用邸供奉員宿泊所内装改修ほか工事4,021,500円
  2008 ★2008年3月 学習院大学、ピラミッド校舎解体
4月 愛子さま初等科入学
※6月 女子中等科・高等科から徒歩3分の「西早稲田駅(東京メトロ副都心線)」開業
9月 初等科、遊具設置
9月 初等科、登下校映像配信安全管理システム運用開始
★9月 創立百周年記念会館、正堂椅子の張り替え
2008
2009
H21







8月6日 東宮御所改修工事終了





□8月 皇太子一家、東宮御所に引越
2009
H21
★3月30日 東御苑の植物の名札を新しいものに変更(ご結婚50年に当たり、両陛下が入園者への贈り物として発案)(名札は5種類、計1000枚。代金約160万円は両陛下の私的費用)
8月31日 時事通信社の記事「宮内庁が2010年度から皇居の4箇所の門の改修工事を行うと発表。皇室用財産修繕費として24億1700万円を概算要求」
  2009
H21
8月31日 時事通信社の記事「高円宮邸改修工事(1986年築)として19億5700万円を概算要求」→結局3億6千万の改修だった模様
10月 旧宮内庁長官公邸に信子さまが入居

12月 桂宮邸、エレベーター設置工事(約1000万円)
2009年? 三浦芳雄氏(前職・副科長)、初等科長就任
8月 女子高等科・新教室棟完成、9月より授業開始
★2009年 学習院大学、ピラミッド校舎跡地に下1階、地上11階の中央教育研究棟建設。2010年3月完成予定
★12月 学習院大学、自然科学研究棟完成予定
2009
H21
2010
H22
 
□8月頃? 高円宮家、宮邸改修工事のため赤坂東邸使用



2010
H22
2010
H22
2010年度 高円宮邸改修工事の概算要求(+監理業務1037万円、工事に伴う物品等の移納1694万円、工事3億6351万円)
高円宮邸改修工事(2010年8月から2011年3月にかけ空調などリフォーム・倉庫新設、約3億6千万円)
3月 愛子さま不登校問題)
3月 眞子様・女子高等科、佳子さま・女子中等科、卒業
4月 佳子様・女子高等科入学
12月 女子中等科・新教室棟完成予定
2011年冬までにわたって新築工事が行われ、中高キャンパスのほぼ全体が生まれ変わる
2010
H22
2011
H23
 
□3月頃? 高円宮家、改修工事終了
・2011年11月3日 秋篠宮家が着袴の儀のため使用
2011
H23
      2011
H23
2012
H24
    2012
H24
      2012
H24
6月6日 ェ仁さま薨去 5月 城西国際大が創立20周年記念としてサッカー場「高円宮殿下記念スポーツパーク」を設立(同大学の水田宗子理事長は「高円宮殿下のお名前を冠することを妃殿下にお許しいただき、身の引き締まる思い」とコメント。同大学に三女絢子さまが在籍中(サッカー部マネージャー)) 2012
H24
2013
H25
      2013
H25
    □4月7日 悠仁さま、お茶の水女子大学附属小学校に入学


2013年? 事務棟増築
2013
H25
  ※3月25〜30日 御茶ノ水大学付属小学校改修工事(約1400万円)
・低学年棟に教室と教室を隔てる木製の可動式の間仕切り取り付ける修工事
・外部に面した教室の透明な強化ガラスには半透明のフィルムが貼られた(週刊ポスト2013年4月19日号)
※御茶ノ水小学校側は護衛にあたる警察官のために新たに施設を 作るなど、受け入れ態勢を整えた
※2013年 学習院大学、佳子さまの入学にあたりSPの控え室設置(フラッシュ2013/04/23)
2013
H25
2014
H26
        2014
H26
      2014
H26
6月 桂宮さま薨去 ■10月1日 内藤政武氏、学習院院長に就任(平成29年9月30日まで) 2014
H26
2015
H27
        2015
H27
    
  
2015
H27
      2015
H27




着工 竣工(使用開始時期) 建築費 延床面積 備考



本邸 1958年(S33)12月09日クワ入れ式
1959年(S34)1月9日着工+
1960年(S35)4月27日落成式
・1960年6月18日〜1993年12月8日
 皇太子(明仁親王)殿下が使用
・1994年7月6日から
 皇太子(徳仁親王)が使用
総工費:約2億2300万円+ 総面積:5,460u+
(おそらく増築部分572u含む)
地上2階、地下1階/
鉄筋コンクリート
・公室部分858u、事務部分1380u、私室1450u、
 その他3866u=7554u+/庭45万u+
・部屋数72(公室部分12、事務棟38室、奥私室22
 (週刊新潮2007年7月19日号)
〔資料〕+朝日新聞縮刷版S35年4月P499
     +朝日新聞縮刷版1994年7月P328
【東宮御所建設予定資料】
 (昭和33年4月4日 第28回国会内閣委員会における瓜生順良の答弁)
・御殿まわり(公室・奥私室):約600坪・1億5000万円(※600坪=1,983u)
・事務室並びに付帯施設:約500坪・5000万円(※500坪=1,653u)
・敷地の整備とか動力費、ガス水道等、屋外設備に要するような経費:2千300万円
・設計及びその他の費用:700万円  →合計2億3000万円で計画している 



本邸
増築部分
(私有の居宅部分)
1977年7月22日起工式 1978年9月 約2億2000万円 延面積:572u 平屋建て(1部2階建て)/
鉄筋コンクリート
お子様用部屋三、御進講用室三、職員室二、和室一、納戸一=10室 増築部分



本邸 1984年3月竣工 総工費:2億6000万 約672u 地上2階/鉄筋コンクリート


本邸
付属棟(職員用) 1989年 1990年1月29日落成式 1億3500万円
 (おそらく本邸改修費も含む)
約800u 2階建て/鉄筋プレハブ 1989年に皇太子(徳仁親王)独立のため改修。職員のための付属邸を建築(朝日新聞縮刷版1990年2月P484) 付属棟
御文庫 1941年4月12日着工 1942年12月31日完成 約200万円 建坪1,320u(1942年時点?)
延床面積:2,500u+
地上1階、地下2階 ・両陛下の居住スペースのほかに侍従たちの部屋や映写室、ピアノ、ビリヤードなど。
・1945年に50トン爆弾に耐える御文庫附属室(地下壕)増築。御文庫も6トン爆弾に耐えられるよう補強
御文庫



吹上御所
(現吹上大宮御所)
1960年(S35)7月着工予定+ 1961年(S36)11月27日落成式
1961年(S36)12月8日ご移転
総工費:1億6800万円

総工費:2億8000万円
 (家具・調度類含め)**
延床面積:1,320u予定+

延床面積:1,504u
地上2階/
鉄筋コンクリート
・渡り廊下で御文庫とつながっている**
・1F:談話室、書斎、居間、食堂、8畳の日本間
 2F:寝室、剣璽の間、侍従室
 不明・他:書庫、客用の予備室、エレベーター+**
・執務は宮殿で行なっていたらしいので私室のみ?
・テラスの一隅にバーベキューの設備(-P567)/-P567に平面図掲載
・新しい住まいは改築した御文庫とあわせて吹上御所と命名された(-P601)

1953年(S28) 皇居全体の再建プランが構想される**
1959年(S34)4月 皇居造営審議会設置**
1960年(S35)1月29日 新宮殿再建の閣議決定**
 (御所・宮殿・東御苑の造営/国民の寄付の受付を決定)
・1960年6月9日〜1961年12月8日 御所建設工事のため昭和天皇・香淳皇后は
 宮内庁の内廷庁舎を使用(朝日新聞縮刷版S35年6月P173など)

〔資料〕**東京文化財研究所/**人間昭和天皇・第10章
    **朝日新聞に見る日本の歩み昭和42-43年(S43.11.14P257)
    +朝日新聞縮刷版S35年6月P551
    -読売新聞縮刷版S36年11月号
吹上御所
(現吹上大宮御所)
昭和新宮殿 1964年(S39)6月起工式** 1968年(S43)11月14日落成式 総工費:134億7500万円**
 (造園費を含め)**
床総面積:22,949** 地上2階、地下1階/
鉄筋コンクリート
・国民からの寄付:18万744人から9616万1400円** 昭和新宮殿
皇居東御苑 1961年(S36)着工 1968年(S43)9月完成 (宮殿の建築費に含まれてる?) 面積:約21万uの庭園 --- 1968同年10月から一般公開 皇居東御苑
吹上新御所 1991年10月22日起工式+ 1993年5月18日落成
1993年12月8日ご移転
約56億円
 (家具や調度品も含め**+
延床面積:4,940u 地上2階、地下1階 部屋数60(公室部分11室(630u)、事務棟32室(1480u)、私室17室(870u))**+=2980u
〔資料〕**皇室ウィークリー29/+朝日新聞縮刷版1991年10月P1128/+朝日新聞縮刷版1993年12月P138
吹上新御所



仮寓所
(居宅→事務部分)
1931年(S6)
 (宮内省乳人官舎)
1968年?〜1989年5月?
 鷹司和子氏が使用
1990年6月から秋篠宮家が使用 1990年の改修工事は約2700万円
(庭園工事や、職員用の事務棟、
別棟、車庫の建設費も含めると、
新居整備費は全部で約8000万円)
**
述床面積?:105u**
 →増築後200u?
木造モルタル平屋建て
(3LDK+S)
・ 250uほどの内庭**
・眞子さま佳子さま誕生によりその後増築
・「元皇族集会所(200u)を仮の住まいにしていた+」(おそらく仮寓所のこと)→増築後の面積?
〔資料〕**1990年6月17日 読売新聞



仮寓所
旧秩父宮邸
(接遇部分)
1972年10月竣工? 1997年3月から秋篠宮家が使用 建物床面積:860u+ 〔資料〕+朝日新聞縮刷版1997年3月P38 旧秩父宮邸
付属邸
(私有の居宅部分)
1998年 2000年3月頃竣工 総工費:約6億5000万円
 (旧秩父宮邸改修費も含む?)
述床面積:472u
(おそらく2000年時点)
地上2階/
鉄筋コンクリート
・住居部分として建築(8室)
・悠仁さま誕生によりその後増築
・秋篠宮邸の敷地は1417平方メートル。私有の居宅部分は472平方メートル。部屋数は8(SAPIO2013年6月号)
・一階には八畳ほどの広さの厨房があり、それと隣接する事務所には侍女長や侍女がつめていたという(週刊文春2015/7/9号)
付属邸
高円宮邸 1985年8月着工+ 1986年10月竣工+
1986年12月から使用
総工費:4億377万円+ 述床面積:690u+ 地上2階/
鉄筋コンクリート
・19室(事務・待従室含む)**
・敷地面積:4500u、建築面積:680u、延床面積:780u**
・1991年と2000年に増築。2010年に倉庫新設
〔資料〕**建築作品データベース(1987年2月時点)/+朝日新聞縮刷版1986年10月P1166
高円宮邸
三笠宮邸 1970年11月から使用 (延床面積?)1,068u←この数字のソースが不明 三笠宮邸
ェ仁親王邸
(現三笠宮東邸)
1982年12月から使用 総工費:3億8591万円
 (外回り含め)+
敷地:5万u+
延床面積?:680u+
地上2階/
鉄筋コンクリート+
・5人の侍女のための侍女棟が90u。侍女棟を抜かして15室。当初計画より40u大きくなった+
・2004に増改築
〔資料〕+朝日新聞縮刷版1982年12月P1036
ェ仁親王邸
常盤松御用邸
(現常陸宮邸)
1976年12月から常陸宮家が使用
→1976年に建替え?
延床面積:1,180u**
      (1,179u?)
地上2階、地下1階 常盤松御用邸 土地:19,854u 建物(延べ面積):1,872u(宮内庁サイト
〔資料〕**建築作品データベース(1977年7月時点)
常盤松御用邸
高松宮邸
(現高輪皇族邸)
高輪皇族邸 土地:19,976u 建物(延べ面積):3,476u(宮内庁サイト
秘録・高松宮日記の昭和史・http://www.nicovideo.jp/watch/sm19221749
高松宮邸

【東宮御所】



 

【御文庫・吹上御所(現吹上大宮御所)】

 ↑御文庫

 ↑吹上御所(現吹上大宮御所)

 ↑御文庫・吹上御所(現吹上大宮御所)
【吹上新御所】




【秋篠宮邸(旧秩父宮邸)】

 ↑旧秩父宮邸車寄せ(秩父宮邸時代)

 ↑附属邸(1998年増築)

 ↑仮寓所
【高円宮邸】




【ェ仁親王邸(現三笠宮東邸)】




【常盤松御用邸】(旧東伏見宮邸?)(現常陸宮邸)

 ↑1950〜1960年 明仁親王殿下が東宮仮御所として使用

 ↑現在の常陸宮邸

【同じ縮尺で比較】グーグルアース 20m/50フィート
【東宮御所】 【御文庫・吹上御所(現吹上大宮御所)】        【吹上新御所】  【秋篠宮家(附属邸・旧秩父宮邸・仮寓所)】(上に赤坂東邸)       【高円宮家】 【三笠宮邸】  【ェ仁親王邸(現三笠宮東邸)】 【赤坂御用地】多分、こんな感じ

【皇居比較(昭和/平成)】

1988年12月(昭和)

2002年11月(平成)

1956(S31)年1月2日、皇居で一般参賀が行われ16万人が訪れた。
広庭には戦前まで明治宮殿が建っていたが戦災で焼失し、更地になっていた(中央)。
(写真展:東京の半世紀 http://jpri.kyodo.co.jp/163/)【写真拡大】

中央の緑青色の建物は明治宮殿跡に1968(昭和43)年10月に竣工した新宮殿。
宮内庁庁舎前にあった丸池は埋められた。

1944年(http://blogs.yahoo.co.jp/chige_nabe/52949110.html)